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創作同人誌個人サークル「ミルキー・SNOW」の中の人の雑記。 イラスト・模型・写真・日々の戯言その他色々。
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わたしの尊敬する人物
2008-08-18 Mon 21:59
今回の記事は…

まぁそうですね。ちょっとまじめというか。


いつものPSUや趣味の話ではなく


うん、少しマジメなお話です。


前にもあったように色々気持ちが整理つかなくて・・・どうしてだろう。

こんなとこに文章にしたって意味がないのはわかってはいる。けど、こういう気持ちはメモリーにして残しておいてもいいと思うし。。


いや、内容的には読んでいておもしろくないかもしれない(いつもの記事が面白いとはいえないけど。

でもわたしのひとりごと。綴ってみたいと思う

わたしは今、家族の支援を受けつつ独り暮らしをしている。

理由は簡単。ここでしかできないことをするため。

わたしの将来の夢はけっこうコロコロかわっていた。

小学生の頃、6年生の発表で、将来なりたい仕事を調べてそれを発表するという、まぁどの学校でもよくやりそうなことをした。

まわりはだるそうにしていた子もすこしはいたけど、みんなけっこう乗り気でやっていたと思う。

具体的には、そのなりたい職業の人の元へ行き色々と聞いてくるという簡単なものだったと思う。



そんななか、わたしは水族館の飼育員の方に話を聞きに行った。みんなは消防士や、お花屋さん、お菓子屋さん。

そんななか、わたしの意見で少数の同学年が(6人だったかな)水族館へと足を運んだわけですよ。



そのころのわたしのいわゆる『将来の夢』というものは、イルカの調教師だった。

理由は簡単だ。イルカが好きだったから。本当に好きだった。
イルカと1番ながく一緒にいられる、一緒の時間や空間を共有できる仕事はこれだと思っていた。



話は変わり




わたしの憧れている、尊敬している人はけっこういる。

その中でも、わたしに1番影響を与えてくれたのは家族なのは今更語る必要もないが家族が昔から旅行がすき、動物が好きで、色々なところに連れて行ってくれた。

週末になれば、近場の公園からちょっと遠出したり、ほんとうに家にいることよりも外に出かけることがおおかった。

家族いわく「どうしてあんなにいろんな場所に連れて行ってあげてるのにこんなにも地理が弱いんだろうね(苦笑」とのこと。

まぁ地理は苦手だけど、でもその場所その場所1つ1つは全部記憶に残ってるよ。どこに位置してるかがわからないだけだ。

まぁ話が脱線したけれども、とにかく色々な場所につれていってくれて、色々とわたしにたいしてしてくれた。むしろ現在進行形でしてもらっている(苦笑

いったいどれほど迷惑をかけたら気が済むのかわからないけれど、今の自分がこうも自由に自分のやりたいことのために動けるのは、ほんとに両親のおかげだ。


わたしの尊敬している人。

三宅島で出合った、海洋生物学者のジャック・T・モイヤー先生もその1人だ。

そしていまわたしが目指している『将来の夢』の方向性に1番影響を与えてくれた偉人だ。
先生の生き様は神掛かっていると思う。
どうしてあんなに素直に子供達に海の大切さ、自然の大切さを伝授できるのか、本当にすごいと思わされる。
わたしもそんな無邪気な子供の1人だったわけだが(苦笑


わたしの尊敬している人。

ほかにもたくさんいる。本州で約10年間、わたしに合気道を教えてくれた岡田先生。
高校の先輩で、その行動力と自然保護に対する熱意はたぶん今まであってきた誰よりもすごいと思うT先輩。
そのT先輩の師匠でもあるコンサベーショニストの柴田敏孝先生もわたしにかなりの影響を与えてくれた。

いまのわたしの将来の夢。

・・・・・

夢というか望み?


そんなかんじのものは、「北海道のネイチャーセンター勤務」だ。


いつのころからか、イルカの調教ということに疑問を抱き始め、中学で今一度モイヤー先生に再会し、あらためて考え方の方向性が

「動物に関わる仕事」から「動物を守っていく仕事」に進んでいった。

高校で蛇を専門にいろいろと調査を繰り返し、陸上の哺乳類、爬虫類についてもかなり興味を惹かれたりもした。
昔から大好きだった古生物方面に進もうとも幾度か考えた。


しかし結局、いまわたしは、アクアバイオ学科という水産、主に生物視点での海洋環境を中心に学んでいる。いや、学ばせてもらっている・・・と言ったほうが正しいかな。

最近では、船にのり、アザラシやクジラの調査まで参加できるほど、自分の『将来の夢』に近づいてこれた。








でも




よく考えると






これは本当に幸運で、


自分のやりたいことができるなんて人類でも本当に低確率なことで


恵まれすぎていると思う。



わたしのせいでどれだけ両親に負担がかかっているかわからないし、それずっと心の隅で心配なこともあった。




わたしの尊敬している人。

叔父と叔母である。

母方の祖父はわたしが生まれる前に他界してしまっていたのであまり知らないのだが、どうも講師だったらしい。

母方の祖母は最近は色々と大変らしいが、まだ元気に人生を堪能している。
母と母の姉がとてもがんばっているから、シアワセな人だと思う。
それでもやはりずっと可愛がってもらっていたし、今でも会うと「背のびたねー」と決まり文句的なことをいわれるが、やはり嬉しい。
このままずっと元気に人生を堪能してもらいたいものだ。



父方の叔父は、たぶんわたしが生物関係に進むという遺伝子をくれた(笑

叔父は、Y博物館の初代館長で、発光生物の博士で、とてもすごい人だったらしい。
自分が押さないころに亡くなってしまったが、元気だったころ、まだ3~4歳の自分を博物館の所蔵庫に連れてってくれて、ホタルや発光キノコ、そのほか色々な発光生物について熱心に語ってくれた。

今おもうのは、もう1度、ちゃんと理解できる年齢になった今、叔父の口からその話を聞きたいと思うのだけれど(苦笑

とても感謝している。自分に色々な生物の大切さを教えてくれたこと。そして、自分を生物分野に進ませてくれるキッカケをくれたことを。



わたしの尊敬している人。

父方の祖母は医者だった。そしてわたしの心配の根源だった。
ちいさな町で小さな医者をひらいていた。

わたしは祖母が大好きだった。かなりのおばあちゃん子だったとも思う。

祖母もわたしをかなり可愛がってくれて、叔父と同じく生物系の分野に進んだわたしをとても嬉しくおもっていたんだと思う。

祖母・・・こう書くというか呼ぶのは慣れてないので、以後おばあちゃんで

おばあちゃんは眼科で、94歳まで一人で診療所で医者を続けていた。

医者といっても、そんなに最新機器はなく、どちらかというと老人達が愚痴や相談や・・・なんというか世間話をしながら疲れを癒す空間になっていたと思うが。

町医者とはそういうものだと思うし、素敵なところだったと思う。

わたしは小さいころから、よくおばあちゃんの往診に一緒についていっていた。


わたしの母が車でおばあちゃんを患者の家まで運び、そしておばあちゃんが患者を見ている間、母と2人で駄菓子やでお菓子を買ったり、タケノコをみたり(庭先におおきなタケノコがある家が近くにあったw)、1週間に1度、往診があり、それがわたしの楽しみでもあったと思う。

むかしは往診がどんなものかわからないでいたけど、いまになって思うと、それがおばあちゃんという像の1番印象に残ってる姿だった。

去年、おばあちゃんは転んで、足の骨を骨折した。

そして病院にはいった。


最近は親からもとくにおばあちゃんの話は何もでなく、まだ元気でやっていると思っていた。
9月に帰省することが決まって、帰省したらお見舞いにいこうとも思っていた。






今日。おばあちゃんが亡くなっていることを知った。





無くなったのは7月のなかほどだったらしい。95歳と1ヶ月だったと父に聞いた。






今日、風邪気味でノドをいためながらカテキョにいった帰り道、毎回のように家族と電話ではなしていた。

そのとき、父に知らされた。


最初はなにを言っているかよく分からなかった。理解しようとしなかった馬鹿な自分の脳。思考回路。


7月はわたしはテスト期間で、忙しく、親も気を遣わせまいとだまっていてくれていた。

多分わたしが知ったら、かえるというだろうし。

そもそもいまだってこんなに不安定な状態になってしまった(と錯覚しているだけかもしれない。むしろこんなことを書いているんだから冷静なのか?)わけで、多分テストどころではなかったと思う。

帰っても、結局また、北へもどらなければいけなかったわけで。


でも考えてみると、そんな気持ちで1人で飛行機になんて絶対のれなかっただろうし。




父いわく、今日がころあいだと思った。だった。
とても悲しい声だったけど、でもなにか納得しているような声だったと思う。

やっぱり親父は強いなぁと思った。



黙っていてくれたことにとても感謝した。(半分は脳が「どうしてはやくいってくれなかったの!」とさわぎたてていたが

色々後悔した。

自分を責めるな・・・・と家族にいわれたし、祖母だって夢のために北海道にいってるんだから自分のせいで帰省させたら悲しむ、とも言ってくれた。

おばあちゃんだって、北海道に行くことはさびしいながらも応援してくれていた。







だけど・・・




やっぱり最期に一緒にいてあげられなくて、ほんとうにごめんなさい。









ずっとずーっと、1番可愛がってもらっといて、この仕打ちはとてもひどいと自分で思う。


しかも


亡くなったことを知らずにのうのうと1人で優雅に楽しんでくらしていたなんて思うと自分がいやになる。




それを言うならもっと後悔すべきは、高校時、帰り道から少しあるけば診療所・・・というとてもおばあちゃんの家にちかい駅をつかっていながら、会いに行った回数は多分数える程度。

レイン(高校の親友だ)と一緒に帰りたかったってのも大きかったとおもうけど、多分駅を通り越してわざわざ行くのがめんどうだったから。


今になって思う。よくある話だ。いまさら遅い。


でも本当に、どいうしてもっと会いに行ってあげなかったんだろう。

なにが面倒くさいだ。



最低だ>自分




9月に帰ったら、もう遅いかもしれないけど、遺影の前で謝ろうとおもう。



でも不思議とね。



いまだに死んだって感覚が全くないんだ。



いまも普通に診療所で、患者さんたちとわいわいはなしながら楽しく医者をしている姿しか想像できない。


94歳になるまで医者をやっていた。普通に考えるとありえなくすごいはなしだ。



立派すぎる。



自分もがんばって自分のやるべきことを精一杯していこうと改めて思わされた。




いま、自分がこの環境にいるのだって、家族の協力があってこそなんだから、その強力を絶対無駄にできない。


おばあちゃんの夢みていた


祖父の後を継ぐ


学者ではないかもしれないけど

でも海洋環境のためになることができる仕事についきたい。
生物関係に携わる仕事につきたい

おばあちゃんの思いを裏切らないためにも、絶対に自然保護や生命のためになることをしなくてはと思う。





長々と書いたけど、気持ちの整理はいまだにつかない。
自分の将来のことではないよ?それはもうやりたいことは見えてきている。


おばあちゃんのこととか、家族への負担のこととか


神奈川にかえって、家族の顔をみれば多分おちつくと思う。

だって家族だから。























読んで気分を害したらすみませんでした。
もうどうしていいかわからず、あれだ、ほら

Xmasのときのホームシックと同じ感覚。



もうなにが言いたいのか、なにがなんやら自分でもわからないけど。








うん。




ごめんなさい、そしてありがとう。

もっといろいろな感情が渦巻いててうまくいえないんだけど


上の2つの言葉だけは確実に


おばあちゃんにとどいてほしいと思った。
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この記事のコメント
そうやって喪失と後悔を繰り返して強くなるんだよ
一つ一つが成長するためのプロセスだから
2008-08-19 Tue 00:51 | URL | Rick #-[ 内容変更]
いい話だ。顔文字を使うのをためらってしまうほどに。


うちも、ニュージーランドにいた伯母が亡くなったと父から聞かされたときは、脳が固まってしまいましたよ。
小さい頃に来日してくれたときにした約束。


「次に会う時には英語で話そうね!」


ナチュラル会話とまでは行かないが、英検3級も取り、それなりに知識を得てきた。しかし、その約束は、遂に果たせなかった。

更に俺にはまだ、ニュージーランドへ渡るほどの力は無い。墓前に立つことさえできない。

俺の妹がワーカホリックでニュージーランドへ渡ることが決まった為、俺は妹に約束を託すことにした。
それが、今の俺の精一杯だから。



つられたのだろうか、俺もこんな話を書きたくなってしまった。
でも、理解して欲しい。人はこうして成長していくものだと。悲しみを背負っているのは、一人ではないということを。



おばあさんのご冥福を、心よりお祈りします。
黙祷。
2008-08-19 Tue 03:53 | URL | ネメシス #m9sYTHUE[ 内容変更]
読んでてもらい泣きした。
そんで自分のじいちゃんとばあちゃんを思い出してさらに涙ぐんだ。

うん、やっぱり自分を大切にしてくれた人や自分の大切な人がいなくなると辛いな・・・

でもそれだけおばあちゃんの事を思っているのならきっと夢とかで会えると思うんだ。
もし、夢であえたならそこで「ごめんなさい」と「ありがとう」言えばいいと俺は思う。
自分の将来の夢をかなえたら、もう一度心のなかでありがとうと言えばきっと伝わると思うよ。


追伸(見なくてもいい部分)
発光キノコで異常に反応してしまった。
猛省してます。
あと自分の考えがあんまりうまくまとまらんかった。
スマン
2008-08-19 Tue 09:27 | URL | メタル茸sp #BxQFZbuQ[ 内容変更]
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